親からアパートや賃貸マンションを相続し、契約書と収支を確認すると、長年家賃が据え置かれていることがあります。
固定資産税、保険料、清掃費、修繕費などが上がっていれば、「家賃も値上げした方がよいのでは」と考えるのは自然です。一方、入居者との関係や空室リスクを考えると、金額だけを見て判断することはできません。
賃貸経営の改善方法は家賃の引上げだけではありません。退去を減らす、空室期間を短くする、設備を適切に更新する、管理費や保険を見直すといった方法でも、手元に残る収益は変わります。
この記事では、相続した賃貸物件の家賃を見直す際の法的な考え方と、収益分析、改善策、保有・資産組み換えの判断手順を整理します。
相続直後は家賃より先に契約関係を確認する
賃貸物件を相続したときは、まず「現在いくらで貸しているか」だけでなく、契約と管理の全体像を確認します。
- 各部屋の賃貸借契約書、更新契約書、覚書
- 普通借家契約か定期借家契約か
- 賃料、共益費、駐車場代、更新料等の内訳
- 敷金、保証金、預り金の残高
- 入居日、最終の賃料改定日、滞納の有無
- 修繕履歴、入居者からの要望や苦情
- 管理委託契約、管理手数料、業務範囲
- 火災保険、施設賠償責任保険等の契約
- 固定資産税、借入返済、大規模修繕計画
亡くなった方が自主管理をしていた場合、口頭の約束や個別対応が契約書に反映されていないこともあります。入居者へ家賃改定を申し入れる前に、管理会社の記録、通帳の入金、領収書などを照合しましょう。
共有で相続した場合は、誰が入居者・管理会社との窓口になるか、修繕や賃料改定をどのように決めるか、収入と費用をどう分けるかも整理する必要があります。
家賃は貸主の通知だけで自由に変更できるわけではない
建物の賃料については、借地借家法第32条の借賃増減請求権が基本となります。
同条では、土地・建物に対する租税その他の負担の増減、土地・建物価格やその他の経済事情の変動、近傍同種の建物の借賃との比較により賃料が不相当となった場合に、将来に向かって増額または減額を請求できるとされています。
ただし、貸主が希望額を通知すれば、その金額で直ちに争いなく確定するという意味ではありません。契約内容、賃料を定めた経緯、従前賃料、経済事情、近隣の賃料などを踏まえ、入居者と協議することが基本です。
また、一定期間賃料を増額しない旨の特約がある場合には、その定めが考慮されます。契約書に家賃改定条項があっても、どのような場合でも自動的に値上げできるとは限りません。
国土交通省の賃貸住宅標準契約書も、租税負担、物件価格その他の経済事情、近傍同種の賃料との比較により賃料が不相当となった場合、当事者が協議の上で改定する構成です。この標準契約書は法令上の使用義務がある書式ではありませんが、契約内容を確認する際の参考になります。
「経費が増えた」だけでなく複数の資料をそろえる
家賃改定を検討するときは、一つの数字だけで結論を出さず、少なくとも次の資料をそろえます。
1.現在の契約条件
同じ建物内でも、入居時期、階数、向き、間取り、設備、駐車場の有無により賃料が異なります。
賃料だけでなく、共益費、礼金、更新料、フリーレント、保証会社費用など、入居者が負担する条件全体を確認します。
2.近隣の募集賃料と成約水準
募集広告の家賃は、必ずしも実際に契約が成立した賃料と同じではありません。比較する場合は、駅距離、築年数、面積、間取り、構造、階数、設備、契約条件が近い物件を選びます。
現在募集中の物件だけでなく、直近に自社物件で成約した部屋、管理会社が把握する成約状況、空室期間も確認します。表面上の家賃が高くても、長期間空室であれば、年間収入は低くなる可能性があります。
3.固定資産税や維持管理費の変化
固定資産税、保険料、共用部電気代、清掃費、点検費、管理手数料などを、少なくとも直近3年程度で比較します。
一時的な支出と毎年続く支出を分けることが大切です。突発的な修繕が1回発生したことと、恒常的な維持費が上昇したことでは、収支への影響が異なります。
4.物価の動き
総務省統計局の消費者物価指数では、家賃に関する指数を確認できます。ただし、全国や地域の指数は市場全体の傾向を見る資料であり、個別物件の適正賃料をそのまま示すものではありません。
物価上昇率だけを機械的に現在の家賃へ掛けるのではなく、個別物件の状態と近隣市場を併せて判断します。
家賃を上げる前にNOIを計算する

賃貸経営では、家賃総額よりも、実際に手元へ残る収益を把握することが重要です。
基本的には、次の順に整理します。
- 満室時の年間賃料収入を計算する
- 空室損失、滞納損失、募集条件による減収を差し引く
- 駐車場代やその他の収入を加える
- 管理費、固定資産税、保険料、共用部費用、通常修繕費等を差し引く
- 営業純利益(NOI)を確認する
- 借入返済と将来の大規模修繕費を別に確認する
NOIは、実効総収入から賃貸経営に必要な運営費を差し引いた利益です。一般に借入金の元利返済や所得税・住民税はNOIの計算外として扱い、返済後のキャッシュフローとは区別します。
値上げ効果と退去リスクを比較する例
家賃8万円の部屋を月3,000円値上げできれば、1年間の増収は3万6,000円です。
しかし、改定がきっかけで退去し、1か月空室になれば家賃8万円が入らず、さらに原状回復、募集、広告等の支出が発生する可能性があります。反対に、周辺相場より明らかに低く、入居者も物件の管理や設備に満足していれば、丁寧な説明により合意できることもあります。
一律に全室同額を上げるのではなく、各契約の賃料差、入居年数、退去時の再募集条件を一覧にし、年間収入への影響を複数のケースで試算します。
収益改善は家賃の値上げだけではない
家賃改定が難しい場合でも、収益を改善する方法はあります。
1.退去を減らす
長期入居者の退去が減れば、空室期間、原状回復費、募集費を抑えられます。
設備故障への対応速度、共用部清掃、騒音・ごみ問題への対応、連絡方法などを確認します。高額な設備投資より、日常管理の改善が入居継続につながる場合もあります。
2.空室期間を短くする
空室が出たら、家賃だけでなく、募集開始までの日数、原状回復工事の期間、写真や募集条件、内見対応、申込み後の審査日数を確認します。
家賃を高く設定して2か月空ける場合と、相場に合う条件で早期に成約する場合では、年間の実効収入が逆転することがあります。
3.設備投資を選別する
設備更新は、「流行しているから」ではなく、対象となる入居者層、競合物件との差、期待できる家賃・入居率の改善、耐用年数を見て決めます。
宅配ボックス、防犯設備、インターネット、エアコン、水回り等の投資が候補になりますが、全物件に同じ設備が有効とは限りません。工事費を、家賃増額や空室期間短縮による増収で何年かけて回収するかを計算します。
なお、工事費がその年の修繕費になるか、資本的支出として減価償却するかは工事内容により異なります。修繕費とならないものの判定について国税庁が考え方を示していますので、発注前に見積書の工事項目を分け、税理士・税務署へ確認してください。
4.管理契約と運営費を見直す
管理手数料が安いことだけで管理会社を選ぶと、募集力、修繕対応、報告内容に差が出ることがあります。
管理委託契約の業務範囲、定期報告、修繕発注の承認方法、原状回復の見積り、滞納対応、入居者募集の実績を確認します。賃貸住宅管理業法では、管理戸数200戸以上の賃貸住宅管理業者に国土交通大臣の登録を義務付ける制度が設けられています。
登録の有無だけで管理品質が決まるわけではありませんが、依頼先の業務体制、担当者、報告方法を確認する材料になります。
既存入居者と新規募集の家賃戦略を分ける
既存入居者への家賃改定と、退去後の新規募集条件の設定は、分けて考える必要があります。
既存入居者については、現在の契約、従前賃料、過去の経緯があり、合意形成が重要です。一方、空室の新規募集では、市場の反応を見ながら募集賃料や条件を設定できます。
例えば、既存入居者の家賃を急に市場上限まで引き上げるのではなく、現在の契約は丁寧に協議し、退去後の部屋から設備と募集条件を見直す方法があります。長期入居によって募集費や空室損失を抑えられている点も経済的価値として評価します。
更新時期だから当然に値上げできる、値上げに応じなければ当然に退去を求められる、といった扱いは避けるべきです。個別の契約解釈や交渉、紛争対応は弁護士へ確認してください。
協議がまとまらない場合
家賃の増減額について当事者間の協議がまとまらない場合は、調停や訴訟による解決が問題となることがあります。
千葉地方裁判所・簡易裁判所が公開する賃料等調停の案内には、建物賃料の増額・減額等を求める場合の申立書や提出先、必要書類等が示されています。
ただし、実際に法的手続へ進むかは、増額による経済効果、入居者との関係、鑑定等の費用、解決までの期間も踏まえて判断します。貸主側だけで通知や書類を作成して進めず、紛争性が生じた段階で弁護士へ相談することが重要です。
改善・保有・資産組み換えを比較する
家賃を見直しても十分な収益改善が見込めない場合、物件全体の方針を再検討します。
現状のまま保有する
稼働率が安定し、大規模修繕や借入返済にも無理がない場合は、無理に家賃を上げず、長期入居を重視する選択があります。
小規模な改善を行う
共用部清掃、照明、外構、募集写真、管理体制など、比較的少額で効果を確認しやすい項目から改善します。改善前後の問い合わせ数、内見数、成約日数を記録します。
設備更新・大規模修繕を行う
築年数と建物状態を踏まえ、外壁、防水、給排水、設備等の工事を検討します。見積額だけでなく、工事後の家賃、稼働率、残存保有期間、売却価値への影響を比較します。
建替えを検討する
法令上の建築可能性、解体費、立退き、建築費、借入、完成後の賃貸需要を確認します。相続税対策だけを目的にせず、長期のキャッシュフローと出口まで検討する必要があります。
資産を組み換える
修繕負担が重く、立地や間取りが現在の需要に合わない場合には、売却して別の不動産や金融資産へ組み換える方法もあります。
ただし、売却価格だけで判断せず、譲渡所得税、借入返済、仲介手数料、測量・修繕等の費用を差し引いた手取り額を確認します。家族関係や遺産分割、納税資金も含めて検討し、売却を急ぐ必要がない場合は改善後の保有とも比較します。
家賃見直し前の実務チェックリスト
- 全ての賃貸借契約書と更新記録を集める
- 入居者別に賃料、共益費、入居日、改定履歴を一覧化する
- 普通借家・定期借家、増額しない特約等を確認する
- 近隣の類似物件について募集・成約・空室期間を調べる
- 過去3年程度の収入と運営費を比較する
- 満室想定、現状、改善後のNOIを計算する
- 値上げによる増収と退去・空室リスクを試算する
- 修繕履歴と今後10年程度の工事予定を整理する
- 設備投資の回収期間と税務上の処理を確認する
- 管理会社の業務範囲、費用、募集実績を確認する
- 保有、改善、建替え、資産組み換え、売却を比較する
- 共有者がいる場合は意思決定と費用負担を文書化する
まとめ|家賃ではなく手元に残る収益で判断する
相続した賃貸物件の家賃が周辺より低く見えても、直ちに一律値上げすることが最善とは限りません。契約上・法律上の根拠を確認し、入居者との協議を前提に進める必要があります。
賃貸経営としては、満室時の家賃総額ではなく、空室や運営費を反映したNOI、借入返済後のキャッシュフロー、大規模修繕、将来の売却価値を確認することが大切です。家賃改定、退去抑制、空室期間の短縮、設備・管理の改善、資産組み換えを同じ基準で比較しましょう。
船橋・津田沼相続相談センターでは、代表の高原が、特定行政書士として相続人や財産関係、遺産分割に必要な事項を整理し、必要に応じて税理士・司法書士等の専門家と連携して対応します。
また、宅地建物取引士、公認不動産コンサルティングマスター、CPM(米国不動産経営管理士)、CCIM(米国不動産投資顧問)としての専門知識と、不動産会社経営および相続・不動産コンサルティングの実務経験を生かして対応します。単に現在の市場価格を査定するだけでなく、CPM・CCIMの知識と分析手法を用いて、賃料水準、稼働率、実効総収入、NOI、投資価値、キャッシュフロー、修繕・管理負担、将来性などを分析し、保有、家賃・管理の改善、設備更新、建替え、資産の組み換え、売却の各選択肢を総合的に比較します。
船橋市、習志野市、千葉市周辺で、相続したアパートや賃貸マンションの家賃・収益性にお悩みの方は、値上げを申し入れる前に、契約、収支、修繕、家族の希望を整理してみてはいかがでしょうか。
※本記事は一般的な制度と検討方法を説明するものです。賃料改定の法的判断、交渉、調停・訴訟等は弁護士、修繕費・資本的支出、不動産所得、譲渡所得等の税務は税理士・税務署、相続登記は司法書士・法務局へご確認ください。
参考資料
- 「借地借家法(平成3年法律第90号)第32条」e-Gov法令検索、https://laws.e-gov.go.jp/law/403AC0000000090#Mp-At_32 (確認日:2026年9月8日)
- 「賃貸住宅標準契約書について」国土交通省、https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000023.html (確認日:2026年9月8日)
- 「17A-Q05 家賃の消費者物価指数」総務省統計局、https://www.stat.go.jp/library/faq/faq17/faq17a05.html (確認日:2026年9月8日)
- 「No.1379 修繕費とならないものの判定」国税庁、https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1379.htm (確認日:2026年9月8日)
- 「賃料等調停」千葉地方裁判所・千葉県内簡易裁判所、https://www.courts.go.jp/chiba/vc-files/chiba/file/kan3-6-2.pdf (確認日:2026年9月8日)
