「長男には自宅、長女にはアパートを残せば、ほぼ平等になるだろう」
不動産を複数所有する方が遺言書を作るとき、このように物件ごとに承継先を決めることがあります。しかし、自宅と賃貸物件では、同じ査定額でも相続後の収入、修繕、管理、換金のしやすさが異なります。
また、遺言書を作った後に、建物の老朽化、空室、借入残高、家族の生活状況が変わることもあります。作成時点では公平だった内容が、相続時には大きく偏っている可能性もあります。
大切なのは、遺言書の形式を整えるだけでなく、「誰が、どの財産を、どのような負担とともに引き継ぐのか」を具体的に確認することです。
この記事では、不動産を遺言で残す前に整理したい評価、収益、管理、遺留分、納税資金と、遺言書作成後の見直し方法を解説します。
最初に相続人と財産の全体像を確認する

遺言書は、目立つ不動産だけを取り出して作るものではありません。まず推定相続人を戸籍で確認し、次の財産と債務を一覧にします。
- 自宅、土地、アパート、区分マンション、共有持分
- 預貯金、有価証券、生命保険、事業用資産
- 住宅ローン、アパートローン、保証債務
- 預り敷金、未払修繕費、管理費等の負担
- 過去の贈与と、その資料
不動産の住所は、住居表示だけでなく登記事項証明書上の所在・地番・家屋番号まで確認します。未登記建物、共有私道、敷地権、借地権などがある場合は、それらも財産一覧へ含めます。
財産の名義、利用者、収入、借入れを一つの表にまとめると、誰に何を残すべきかを検討しやすくなります。
「相続税評価額」と「市場価格」を分けて考える
不動産には一つの価格しかないわけではありません。遺言による分け方を考える際は、少なくとも相続税を計算するための評価と、実際の市場で売却できる可能性のある価格を区別します。
相続税・贈与税における土地は、路線価方式または倍率方式、家屋は原則として固定資産税評価額を基に評価します。賃貸中の土地・建物や一定の区分マンションでは、権利関係等による調整もあります。
一方、市場価格は、立地、接道、形状、建物状態、賃貸借、収益性、買い手の需要などで決まります。そのため、相続税評価額が同じ2物件でも、市場価格や換金性が同じとは限りません。
例えば、次のような差が生じます。
- 自宅は市場価格が高いが、居住を続けるため収入を生まない
- アパートは賃料収入があるが、大規模修繕と借入返済が残る
- 市街化調整区域の土地は評価額があっても売却に時間がかかる
- 共有持分は不動産全体の価格に持分割合を乗じただけでは売れないことがある
「相続税評価額で平等」と「相続後の経済価値が平等」は別の問題です。税額の試算は税理士、市場価格や収益性は不動産の専門家に確認し、両方の数字を並べて判断します。
収益不動産は手取り収益と将来負担を確認する
アパートや賃貸マンションを承継する人は、不動産だけでなく賃貸経営も引き継ぎます。表面利回りや満室想定賃料だけでなく、実際のキャッシュフローを確認しましょう。
現在の収支
- 実際の賃料収入と空室率
- 管理委託費、共用部費用、固定資産税、保険料
- 小修繕、原状回復、募集費用
- 借入返済額、金利、残存期間
- 所得税等を考慮する前後の手取り
今後の負担
- 外壁、屋上防水、給排水設備等の修繕時期
- 設備更新と空室対策の費用
- 賃料下落や周辺供給の見込み
- 相続人本人が管理できるか、管理会社へ任せるか
- 将来売却する場合の価格と費用
家賃が入る物件でも、近い将来に大規模修繕が必要なら、承継者へ相応の現金も残す必要があるかもしれません。反対に、修繕済みで借入れが少ない物件は、長期的な収入源になる可能性があります。
保有、修繕・収益改善、管理委託、資産の組み換え、売却を比較し、遺言書では物件の名義だけでなく、経営を続けられる資金と体制も考えます。
自宅は「住む人」と「他の相続人」の両方を見る
親と同居している子へ自宅を残すことには、生活を守るという明確な目的があります。しかし、自宅が財産の大半を占める場合、他の相続人へ渡せる財産が少なくなることがあります。
次のような方法を比較します。
- 自宅を取得する人以外へ預貯金や有価証券を残す
- 代償金に備えて生命保険や現金を用意する
- 自宅の一部だけを共有にせず、原則として管理主体を明確にする
- 将来の転居後に自宅をどうするか決めておく
- 収益不動産と自宅の実質価値を定期的に見直す
「平等にするため、とりあえず自宅を兄弟共有にする」と、後の売却、修繕、居住、費用負担で意思決定が難しくなる場合があります。共有が合理的な事情もありますが、共有を選ぶなら管理方法と出口を事前に決めておくことが重要です。
遺留分は金銭請求まで想定する
遺言書があれば、指定したとおりに必ず問題なく承継できるとは限りません。民法は、兄弟姉妹以外の相続人について遺留分を定め、遺留分を侵害された人が受遺者または受贈者に金銭の支払いを請求できる制度を設けています。
不動産を特定の相続人へ集中させる場合、その人が遺留分に関する金銭請求を受けても支払えるかを確認します。支払資金がなければ、守りたかった自宅や賃貸物件を売却せざるを得ない可能性があります。
検討時には、次の事項を整理します。
- 推定相続人と遺留分権利者
- 財産の現在価値と債務
- 過去の贈与、特別受益等の法律・税務上の扱い
- 遺留分に対応する預貯金、保険金、換金可能な資産
- 特定の人へ不動産を残す理由を家族へ説明する方法
具体的な遺留分額や請求リスクは事案により異なります。法律判断や紛争対応は弁護士へ確認してください。
自筆証書遺言は法定の方式を守る
自筆証書遺言は、原則として遺言者が全文、日付、氏名を自書し押印する必要がありますが、財産目録は一定の要件の下で自書によらず作成できます。パソコンで作った目録や登記事項証明書の写し等を添付する場合も、各ページへの署名・押印など法定の方式を守る必要があります。
不動産が複数ある場合、本文へ長い物件表示を書き並べるより、財産目録を活用して登記情報に沿って特定する方法が考えられます。ただし、法務局の遺言書保管制度は遺言内容の法律的な有効性まで保証するものではありません。記載が曖昧、財産が特定できない、遺留分や税務への配慮がないといった問題は別に残ります。
複雑な分け方、予備的な承継先、遺言執行者、不動産売却権限などを盛り込む場合は、行政書士等による原案整理に加え、必要に応じて弁護士、司法書士、税理士、公証人へ確認します。
法務局の自筆証書遺言書保管制度も選択肢
法務局の自筆証書遺言書保管制度を利用すると、遺言書の原本と画像データが保管され、相続開始後の家庭裁判所による検認が不要になります。遺言書の紛失や改ざんを防ぎやすい点も特徴です。
遺言書の保管申請手数料は1通につき3,900円です。本人が法務局へ出向いて申請する必要があり、所定の様式や予約、本人確認書類等を確認します。
一方、公正証書遺言は、公証人が遺言者の意思を確認して作成し、原本が公証役場に保管されます。財産構成、家族関係、健康状態、内容の複雑さに応じ、自筆証書遺言と公正証書遺言を比較しましょう。
遺言書を作った後も見直す
遺言書は一度作れば終わりではありません。次のような変化があったときは、内容と財産目録を見直します。
- 不動産を売却、購入、建替え、分筆した
- アパートの収益や空室率が大きく変わった
- 借入れを完済した、または新たに借り入れた
- 相続人の出生、死亡、婚姻、離婚があった
- 同居、介護、事業承継の予定が変わった
- 財産価格が大きく変動した
- 遺言執行者や受遺者の状況が変わった
少なくとも数年ごと、または大きな資産・家族状況の変化があった時点で確認することが望まれます。新旧の遺言書が混在して解釈に問題が生じないよう、変更部分だけでなく全体の整合を確認してください。
相続後の登記まで見据える
不動産を遺言で承継させる場合は、相続後に登記手続が円滑にできる表現になっているかも重要です。2024年4月1日から相続登記が義務化され、遺言によって不動産を取得した相続人も、取得を知った日から3年以内の申請が原則です。
物件表示の誤り、遺言内容の解釈、遺言執行者の権限などに問題があると、相続後の登記や売却に支障が出る可能性があります。登記手続と必要書類は司法書士・法務局へ事前に確認しましょう。
遺言書作成前の確認資料
- 推定相続人が分かる戸籍
- 不動産の登記事項証明書、公図、測量図
- 固定資産税課税明細と相続税評価資料
- 不動産の市場価格資料
- 賃貸借契約書、レントロール、収支明細
- 借入残高、返済予定表、担保資料
- 修繕履歴と今後の修繕計画
- 預貯金、保険、有価証券等の一覧
- 誰が居住・管理・経営を引き継ぐかという家族の意向
- 遺留分や納税資金に充てる現金の見込み
これらを整理すると、「長男に自宅、長女にアパート」という物件名だけの分け方から、相続後の生活と経営まで見据えた承継設計へ進められます。
まとめ|遺言書は不動産分析とセットで考える
不動産を遺言で残すときは、相続税評価額だけで分け方を決めず、市場価格、収益性、借入れ、修繕、管理負担、換金性を確認することが大切です。自宅を守ることと、他の相続人の遺留分や納税資金を準備することも同時に考えます。
遺言書は、財産を「誰に渡すか」を定めるだけの書類ではありません。承継した人が無理なく保有・管理でき、家族全体が意図を理解できる内容に整える必要があります。
船橋・津田沼相続相談センターでは、代表の高原が、特定行政書士として相続人や財産関係、遺産分割に必要な事項を整理し、必要に応じて税理士・司法書士等の専門家と連携して対応します。
また、宅地建物取引士、公認不動産コンサルティングマスター、CPM(米国不動産経営管理士)、CCIM(米国不動産投資顧問)としての専門知識と、不動産会社経営および相続・不動産コンサルティングの実務経験を生かして対応します。単に現在の市場価格を査定するだけでなく、相続税評価、収益性、キャッシュフロー、借入れ、修繕・管理負担、換金性、将来性などを分析し、承継、保有、改善、資産の組み換え、売却の各選択肢を総合的に比較します。
船橋市、習志野市、千葉市周辺で、自宅や収益不動産を誰に残すかお悩みの方は、遺言書の文案を作る前に、財産全体と各不動産の実質価値を整理してみてはいかがでしょうか。
※本記事は一般的な制度と検討方法を説明するものです。遺言の有効性、遺留分、紛争等の法律判断は弁護士、不動産登記は司法書士・法務局、相続税評価・税額試算・申告は税理士・税務署へご確認ください。
参考資料
- 「民法(第968条、第1046条ほか)」e-Gov法令検索、https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089 (確認日:2026年9月6日)
- 「No.4602 土地家屋の評価」国税庁、https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4602.htm (確認日:2026年9月6日)
- 「自筆証書遺言書保管制度について」法務省、https://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html (確認日:2026年9月6日)
- 「自筆証書遺言書保管制度 09 手数料」法務省、https://www.moj.go.jp/MINJI/09.html (確認日:2026年9月6日)
- 「相続登記の申請義務化に関するQ&A」法務省、https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00565.html (確認日:2026年9月6日)
